あの街にしかない
オンリーワンギフトを贈ろう

あの街にしかない
オンリーワンギフトを贈ろう

宗像大社から車で10分の距離にある「手作りガラス工房 粋工房」。

ガラス工芸のなかでも職人の技が光る置物を生産する、日本でも数の少ないガラス工房です。

粋工房の工房は、たくさんのガラス工芸品が置いてあるショップの真横にあります。

溶けたガラスが入る炉は約1300度。春夏秋冬、年間通してその環境の中でガラス工芸と向き合い続ける職人さんがいます。

粋工房社長 伊藤 幹生(いとう みきお)さんにお話を伺いました。

はじまりは「作りたいもの作ろうや」

——粋工房さんはどのように始まったんですか?

「もともとはガラス工芸品を作っている会社で働いでいたんですが『自分たちの作りたい物を作ろう』という思いを持っていたガラス工芸職人とデザイナー、営業職の4人が集まって自分たちの工房を作ることになりました。

でも、最初はお金がないから工房もガラスを溶かす坩堝も小さくて、原料が少なくても出来るグラスや食器を中心に作っている工房だったんです。

置物が得意な職人の集まりだったので最初は苦労しました。」

——今では、置物も食器もたくさん作られていますよね。どのように成長していかれたんですか?

「どうにかこうにかやり続けていた時に、以前勤めていたガラス工場が閉鎖になりました。たくさんの腕のいい職人さん達が職を無くすことになったんですね。

その時『炉や工房はお金をかけさえすればいくらでも作れる。でも、職人の技術は一旦なくなるとどうにもならない、どうにかしなければと思ったんです。

そこで、閉鎖する工場にいた5,6人の職人に『粋工房でガラス工芸を続けないか!』と声をかけてから今の置物を中心としたスタイルの粋工房が始まっています。」

経験の中で見てきたものが形に

——技術を発揮する場所がなければ、職人さんも作品も無くなっていきますよね。

「最近はなんでも作り方は調べられるようになっていますよね。スイーツはグラム数まで。

でも、うちの職人さん達はガラス製品のレシピなどを持っていないんです。

これは何グラムとか、これは何度とか。彼らにはない。今までいろんなものを作り、先人の技術見てきた経験から仕事をしているんです。

今までも彼らの中にレシピがあるというか、感覚で作っているという表現が適切かもしれません。」

(ガラス工芸歴29年以上 山崎真一さん)

——すごいですね!でも、今後のことを考えると「作り方がない」のは少し恐い気がしますね。

「彼らは今までの20年、30年というキャリアの中で培ったもので形を作っています。

例えば、だるま作ってと言えば、いつの間にか完成させてくれる。『無理です』と言われた事はないですね。

彼らの中にあるものがイメージと一緒になって形になってきている。私もすごいと思います。」

『昔と言っても20、30年前ですけれど、その頃は何事もですが『見て学べ』という世界でしょう。

やり方を教えてもらうという事は、その職人の手を止めて教えてもらうわけですよね。

当時では『その人の仕事の邪魔をしている』というとらえ方です。

だから邪魔にならぬよう、見て技術を覚えて、やってみるのは今の時代だと厳しい世界ですよね。」

——今では「教えて育てる」のが一般的ですからね。

「それが理由で、作り手が減っていったということもあるのかもしれません。

でも、そういう経験をしていて腕がいい人たちがいなくなることが一番困りますよね。

だからガラス工芸を作り続けられて、腕のいい職人さん達が続けていける場所を残したいと思っています。

作品を多くの人に知ってもらえる場を、続けていかなければいけない。

今では職人もちゃんと教えてくれますし、やってみて慣れるという継承方法が一般的にはなっていますよ。」

職人の数だけ作品が生まれる

——見て学んだ世代が追求してきた技術を「教えてもらえる」という事はすごく幸せな事であると感じますね。今働いていらっしゃる職人さんにはどんな方がいらっしゃいますか

「そうですね。うちには女性の職人がいます。森田という若い女性です。

(女性のガラス工芸職人 森田さん)

彼女は以前に沖縄で琉球ガラスを学んでいたんですが、『バイトでもいいから働かせてほしい』と熱心でした。

彼女は食器やグラスは得意でしたが置物はほとんど作ったことがなかったんですよ。」

——私も、琉球ガラスはグラスのイメージしかないです。

「そうですよね。だから置物作りの方では苦労しているかもしれませんが、グラスを作らせてみるとやっぱり上手なんですよね。

それに女性の感性ってあるのかな。今まで粋工房ではなかった模様で作ったグラスを作るんですよね。

展示会で、他のガラス工芸職人にも『この模様はどうやって作ったの?』って質問されることもあるんです。

この赤いグラスも彼女が作ったものなんですよ。沖ノ島知ってますか?」

——世界遺産に登録された「神宿る島」ですよね。

「そうです。その沖ノ島にちなんだ『沖ノ島朱(あか)』という商品も、彼女の感性で作らています。

沖ノ島近海の天然塩を使用すると鮮やかな朱色(あか色)に発色するんです。彼女が、その素材を作品として完成させてくれました。」

——確かに綺麗な朱色ですね。素材だけでは生まれなかった作品ですね。

私は『変えようがないものを続けること』の方が困難だと思うんです。原料やその配合はずっと前から変わりません。それはこの仕事の命とも呼べるから、変えずにやってきています。

それに正月には鏡餅や干支、縁起物の置物であったり、変わらず求められる商品というのがあります。

その変えられないものを作り続ける上で、彼らの経験と感性が生かされて形ができているんです。」

(15歳からガラス工芸に関わって50年 安倍 朝和さん)

「ガラス工芸を求めてくれるお客さんがずっといてくれました。お客さんであったり、取引先であったり、周りの人に助けられました。

それだけ、粋工房には特殊な技術を持っている職人がいて、求めてくれる人がいました。

それに応えるべく、職人はガラス工芸を作り続けていますし、私もこの工房を続けています。

——周りの方にたくさん支えてもらいながら、今日の粋工房があるんですね。

宗像の人は海産物や農作物が中心の場所だからか、のんびりしていて『なんとかなる』っていう気持ちの人が多いんですよね。

みんなでなんとかするっていう昔ながらの人との信頼関係があるような気がします。

今でも、山間部の方では、牛乳屋さんとのやりとりが玄関先の牛乳箱にお金を入れてるっていうところもあるくらいなんですよ(笑)」

「そんなところに住んでいるから、大変な時期もあったけどなんとかやってくることができたのかなと思います。

今まで人に助けられ求められて、提供し続けてきたので、もっとガラス工芸を次の世代に残していきたい。

設備や商品ではなく、彼らという人が粋工房の財産です。だから職人の技を残していける、彼らが作れる環境をこれからも残していきます。

【福岡県宗像市】特集の記事一覧はこちら

世界の神宿る島に魅せられて【福岡県宗像市】 特集、始めます。
【福岡県宗像市】日々の食卓で笑顔が溢れるような器作りを|716(なないろ)雑貨・新島由貴
【福岡県宗像市】ひとつの木工家具に真剣に向き合う|GOODWOOD WORKS・安井陽平
【福岡県宗像市】磨かれたガラス職人の技を守り続ける|粋工房・伊藤幹生