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地元の人々が誇り、愛する阿蘇の銘菓『ゆず萌え』。全国菓子博の最高賞を得たことのある商品だ。

このゆず萌えを作るのは、阿蘇市内牧にある菓匠 久幸堂の青木幸治さん。今回は街のみんなに愛される商品を作った青木さんの経緯や阿蘇の暮らしについて伺った。

フランスでの体験が教えてくれたこと

阿蘇の煎餅屋の長男として生まれ育った青木さん。家業を継ぐにはさらなるお菓子作りの技術を学ばなければならないと感じ、洋菓子作りを学ぶべく上京。その腕前は師匠からフランス行きを薦められるほどだった。

父の要請で、フランスでの修行を諦めて故郷の阿蘇へ帰ったが、ふと思い立ち、青木さんは21歳の時にひとりでフランスへ出かけ、そこである現地のパティシエにこう言われた。

「日本には和菓子という素晴らしい文化があるのに、なぜフランスのお菓子を学ぶ必要があるのか。」

ずっと洋菓子を学んできたが、この言葉で和菓子の魅力に立ち返ることとなり、猛勉強が始まった。

看板商品の『ゆず萌え』は、「和菓子の知識だけでは作り得なかったお菓子だ」と青木さんは言う。

当時、邪道とも言われた和×洋のお菓子。それでも自分にしか作ることのできないお菓子を追求したい、その一心で研究し続け、唯一無二のお菓子を作り上げた。

“誇り”と“文化”してのお菓子

「お土産というものは、外から来た人が持って帰るより先に、地元の人々が外へ持って行きたいと思うものでなければならないと思うんですよね。」

青木さんが目指したお菓子の大事な要素のひとつ。阿蘇の人々が「これがうちの地域の美味しいお菓子です。」と、心からおすすめできるものであること。観光客より先に、まずは地元に人々に愛されるものであること

自国の食文化へのこだわりと、地元の文化への誇りを持つ。そんなフランス人に刺激を受け、青木さんは自分の作るお菓子が阿蘇の文化の一つとなることを目指した。

「地方は文化がなければ廃れていく。」と青木さんは語る。東京のデパ地下でも通用するような、むしろ東京では買えないようなお菓子。規模を拡大し、量産する工業的な生産ではなく、“文化”としてのお菓子だ。

青木さんは絶対にブレないビジョンを実現するため、材料までとことんこだわる。“よりよいものにするため”。これが材料選びの基準の全てだ。

地元のものだから使う、知り合いのものだから使う、そのようなことは一切せず、日本中から一番適したものを探し出す。

自分の人生だから、自分の道を着実に進んでいく

職人の世界に入ると、職人として周囲から認められることを目指してしまいがちである。しかし、青木さんは、父の煎餅屋に新たな技術を持ち込み、「もっとおいしいお菓子を作る」という確固たる目的意識を持っていた。

東京での修行は短期間、フランスでの修行も諦めたが、その短い期間の中で精一杯技術を追求したからこそ、成長することができたと青木さんは言う。

「俺は銀座で一流のお菓子を作って来たんだ」と、東京から阿蘇へ満を持して帰ってきたが、

阿蘇ではそのようなものの消費はほとんどなく、自分が作っていたものは阿蘇という地域ではそこまでの評価を受けるものでもなかった。

「なぜこんなに上手くいかないのか」と悩んだ時期もあった。しかし、それは見えているところの違いだったと青木さんは振り返る。

フランスに行き、色々な人と出会い、日本にある魅力を教わった。世界を股にかけて活躍する人の「自分もそうだった」という言葉を聞いた。

ちっぽけな世界しか見えていない中でそんなことで悩んでいてどうする。迷いを捨て、自分の道をしっかりと歩いていくことを決意した。

従業員を守っていく義務があり、夢ばかりを追いかけているわけにはいかない。そんな中でも目指す方向だけは絶対に変えない。

外での体験と、地元へのこだわり、それらを経て青木さんは自分だけの道を歩み続けている。

お菓子作りのプロとしてできる地域おこし

若い頃、地域おこしの活動にも参加していたという青木さん。しかし、どんなに街の外枠だけを整えても、中身がなければ何にもならない。

その中身を作ることができるのが、商売をする自分たちであると青木さんは考える。

「商売人は自分の仕事でいかに地域に貢献するかが最も重要である」

“ここに行ったら必ずこれがある”そう思ってもらえるものを作る。阿蘇に来なければ手に入らないものを作り上げたい。

そう思いながら、お菓子作りを通して地域おこしに携わることを目指している。

今となっては県外から「ゆず萌えを買うために」阿蘇を訪れてくれる人もいるという。ゆず萌えひとつを買うために、宿泊・交通・食事・観光と、連鎖的に地域に消費が生まれる。

これこそが、“ある道のプロとしてできる地域おこし”である。ゆず萌えが認知され、ニーズが高くなって来た今でも、“ゆず萌えは阿蘇のもの”という地元に根ざした意識を絶対に忘れない。

青木さんはお菓子作りを通し、自分を育ててくれた阿蘇への恩返しにも力を注いでいる。

これからの阿蘇・これからの久幸堂

今の方向性のまま、すなわち阿蘇の文化として残るものを育てていきたい。

新しいものを追うのではなく、ひとつのオリジナルのものを10年、20年…50年と時間をかけてと長く育てていくのが久幸堂のスタイルである。

まだまだ追求できるし、次の世代で花開くかもしれない。100年、200年とローカルで長く生き残るものだって作れるはず。

文化は一度なくなったら終わり。だからこそ、継続しなければならない。人々は値段以上に、そこにしかない文化を求めている。

この“文化”に対する意識の強さは、“阿蘇の文化として残り続けるお菓子を作る”ということが、お菓子の作り手としての青木さんの一つの使命であることを示しているのかもしれない。

信じ続けて実現した、夢の詰まったお菓子を

15年前から今ではメイン商品となるゆず萌えの開発がスタートした。当時、お土産品で賞味期限3日は非常識だと言われた。賞味期限の短さから、売り場に出せるのは1日間だけ。9割は廃棄となっていた。

「こんなことでは店が潰れる」

そんなこと言われても大丈夫だと言い続け、信じ続けた。すると次第に売上が増え、半年後には4割ほど売れるようになった。

3年ほど苦労を重ね、ゆず萌えはお店の柱となる商品まで成長。今となっては特別な宣伝をしなくとも、お客さんの口コミで広まっていくほどになった。

普通は赤字のまま3年も粘れない。それでもゆず萌えの可能性を信じ、研究し続けた青木さんは、「いずれはゆず萌えの時代が来るはずだ」と自分の選択を信じ続けた。

ある地元のおばあちゃんがこんなことを言ってくれたそう。

「阿蘇の人間として、ゆず萌えを誇りに思います。」

それまでは自信を持って外に持っていけるお菓子が阿蘇になかったのだと。青木さんは涙ぐみながらこの思い出を話してくださった。

青木さんが全てをかけて作って来たゆず萌えは、これからも変化し続ける時代の中でも、阿蘇の誇りで在り続ける。

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