あの街にしかない
オンリーワンギフトを贈ろう

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2018年に777周年を迎えた博多織。高級織物として長い間愛され、人々の生活に根付いてきました。現代では着物を着る機会が少なくなり、織物自体の需要も少なくなってきています。

伝統を守り続けるとはどういうことなのか。今までにどれほどの人が関わり続いてきたものなのか。

人の技術と想いが続いて生み出されるもの、今回取材させていただいた作り手の方からそれこそが伝統だと気づかされました。

博多ブランド「HAKATA JAPAN」を手がける株式会社鴛海織物工場、代表鴛海伸夫さん(以下鴛海さん)と、博多織伝統工芸士である遠藤龍二さん(以下遠藤さん)。

博多の伝統工芸である博多織を守り続けるお二人にお話をお伺いすることができました。

何度締めても緩まない帯づくり

—博多織777周年と一緒に、株式会社鴛海織物工場も90周年なんですね!

鴛海さん:「これまでたくさんの方の支えがあって、今年で90周年を迎えることができました。

祖父の代から続いていますがこれまで関わった職人さんやその家族、そして、それを継いだ父の思いを考えると、100周年も無事迎えられるように頑張っていきたいと思っています。」

鴛海さん:「今まで博多織と関わったことがない人に知ってもらう、繋げていくことが大切だと思っています。

だから今回の「machikono」さんとのつながりも嬉しく思っていますのでよろしくお願いします。」

—こちらこそよろしくお願いします!博多織と関わったことがない人たちと繋がりを大切にされているんですね。私も博多織についてあまり詳しくないんです。教えていただけますか?

鴛海さん:「はい。博多織はもともと着物の帯地で有名なんです。縦の糸で柄を表すという技法が、博多織の魅力の一つです。

それに加え横の糸は太い糸を使用し、しっかり織り込み丈夫な帯地を作るという織り方が日本だけでなく世界の絹織物業界の中でも珍しく、特徴的なんです。」


「だから着物を着て帯を締めるときに、何回締めても緩まない、毎回ギュッと締めることができる帯、そして締めるときの絹なりの音が心地よいということで有名になっていきました。そのため日常的に使われる、普段使いの帯として使用されていたんですよ。

京都の西陣織のほとんどは、フォーマルな場所に使う華やかな帯ですが、博多織は普段使いのカジュアルなものが多かったんです。」


鴛海さん:「同じ帯づくりでも、TPOの全く違う帯づくりをしていたんです。」

—毎日使うものだから、緩まないものが重宝されますね。どのように作られているんでしょう?

鴛海さん:「織物業界は昔は手織りが主流だったんですが、現代では機械織りが一般的です。HAKATA JAPANの商品に使われているものは動力織機、つまり機械織りで作られているものです。

ただアパレルやインテリアファブリックのように最新の高速織機ではなく、帯専用の小幅で低速で常に人が調節しながら織りあげる約50年前の織機を使用しています。

機械といっても50年ほど前の織り機が現在でも使われ続けているんですよね。」

遠藤さん:「博多織は織るだけではなく、整経と呼ばれる縦糸を整える作業もあるんです。

動力織機は1本1本糸を通すところは手作業で、織り込んでいくところを機械でやっていますが、それでもこの生地を作るだけで6000本近くの縦糸を手作業で通すんですよ。」

—6000本ですか!

鴛海さん:「この動力織機を使いこなせる遠藤さんのような職人さんはどんどん少なくなってきています。遠藤さんのような準備工程から製織までこなせる人が本当に貴重な存在なんです。」

—そうなんですね。遠藤さん、この模様はどうやって作り出されているんですか?

遠藤さん:「『紋紙』と呼ばれる型紙があります。その『紋紙』から指示される『ジャガード』、そして『機仕掛け』で織物のデザインが決まるんです。織ることと柄のデザインをする人は本来別々なんですが、私はデザインもします。

大変なんですが、自分が作ったものが残っていく。そこがモノづくりの一つの楽しみでもあります。」

意味を持つものが伝統として残っていく

遠藤さん:「博多織は「博多献上」と呼ばれる柄が有名です。江戸時代に博多の黒田藩がこの帯を殿様に献上したために、「献上」と呼ばれるようになったと言われています。」

遠藤さん:「どっこ柄(煩悩を打ち砕くとされる仏具)や、華皿(仏を供養する際に散布する花を入れておく皿)が意味合いをもって、図案化されて作られて今まで残っているんです。

777年残って作り続けられるのは、柄に様々な意味合いがあるからだと思うんですよ。毎日身につける帯ですしね。親子縞(親が子を守る)や孝行縞(子が親を敬う)という縞柄もあります。」

—意味が込められた、お守りのようなものなんですね。

遠藤さん:「伝統というのは、ただ昔からのものを真似して作り続けることではないと思っています。いち早くこれまでの織物を学んで、その残りの時間で何か新しいものを生み出さなければならない。そのために伝統があると、私は思っています。」

現代に必要とされる博多織に挑戦

—HAKATA JAPANはどうやって生まれたんでしょう?

鴛海さん:「鴛海織物工場は2019年で91周年(創業1928年)なんですが、HAKATA JAPANというブランドは2000年に生まれました。」

鴛海さん:「博多織の素材・帯地を「素晴らしい素材」として海外へ広めようという話が博多織工業組合に提案がありました。お金も時間もかかる提案でした。

当時80社ほどあった会社の中で「リスクを背負っても、それでもこの機会に博多織の可能性を広げるチャレンジしよう」という5社が名乗りをあげたんです。そのうちの1社が鴛海です。

ニューヨークで行われた「インターナショナルファッションブティックショー」にHAKATA JAPANとして博多織を使用したバックや財布を出展しました。2000年8月のことです。」

鴛海さん:「海外での出店をテレビ局などが取り上げてくれて、それを機に日本で販売することになりました。

帯地を作るだけではなく小物として販売をするとなると、ファッションの業界への進出を考えると、全く別の畑に踏み込むことになるので、かなりリスクでしたね。

その3年後に博多織を使用したバックや小物を生産・販売し続けるかを話し合う場が設けられたんです。

その時に他の4社がやっぱり難しいということで、鴛海織物工場が「HAKATA JAPAN」という名前を全面的に引き継ぐ形になりました。」

「私たちは現代に必要とされる博多織のあり方を模索する道を選んだということですね(笑)」

—なるほど。博多織という素材を現代にも使ってもらえる形で販売にすることにしたんですね。

鴛海さん:「そうです。伝統というだけでなく、強くて丈夫ですばらしい色・柄・技術、そして人の思いが込められたものが博多織です。私たちは帯だけを作り続けるのではなく、日本の絹織物という素晴らしい素材で現代に生きる人たちに合う形のものを提案しています。」

—鴛海さんの博多織に対するこだわりはありますか?

鴛海さん:「私たちは博多織という価値ある帯を素材として使うことにこだわりを持っています。遠藤さんのような職人さんの技術、柄や糸使いに『HAKATA JAPAN』も支え、育ててもらったブランドですので、職人さんに協力してもらいながら続けています。」

遠藤さん:「鴛海さんのこだわりは私たちも大事にしています。例えばこの博多織は細かな織柄でシワになりにくい特徴を出すために、極細の均一な絹糸を引き揃え3色のたて糸で柄を表わしています。つまり整経とたて継ぎ作業を通常の3倍行なっているのです。

そうすることで平地ではできない配色と柄の多様化ができ、オリジナルの生地になるんです。ひと手間かかりますが、とても大切なことです。

素晴らしい織物だからこそ寄り添える

—博多織は私自身、現在の生活との距離が遠い気がしています。

鴛海さん:「HAKATA JAPANは素材をしっかり大切にしつつ、現代の人が使いたいものかどうかという点を考えています。

クッションカバーであったり、ランチョンマット、テーブルランナー。博多献上には「厄除け」「家族愛」といった意味があります。博多織をインテリアとして生活の中に取り入れていただけないかという思いがあります。」

鴛海さん:「そしてもう一つ。大切な方への贈り物として選んでいただける素晴らしい物作りをしていきたい。

結婚式の引き出物や記念品など、人生の中で記念すべき時に寄り添える「HAKATA JAPAN」でありたいと考えています。」